Short story

言葉とは難しい


目の前に居る男は私の事が好きだそうだ。
黒ぶち眼鏡にフワフワの同じく黒髪の猫っ毛の髪。
前髪と共に無造作に長くなっているそれは、明るい印象は持てない。
学ランが真黒でそれも彼はきっちりときこんでいるから余計に見えるのだろう。
背は私よりも少し小さめ、だから、俯いている彼の顔を私は確認する事は出来ないが、髪の間から見える耳から察するに、相当赤くなっているようだ。
「で、なにが目的なんだ?」
彼がこちらを見ないから、傍から見たら私が見下して威嚇しているような形。
私の声に彼がビクっと大きく身体を強張らせたせいで、一層そのように見えるらしい。私たちの様子を通り際に見てはいけないものをみたようにそそくさと、足早に去っていく。
「も、目的、ですか・・・?」
モジモジと身体をよじらせながら、そう彼は尋ねてきた。
「私の事が好きだと言うなら、何かしらの目的があるのかと思っていたのだが、違うのか?」
「ぇ・・・あ、いや、その・・・」
モゴモゴと飴でも舐めているのかと思うほどに、口ごもる。
ハッキリしない男は苦手だった。どのように接したらイマイチ解らないのだ。
「えっと、あのですね。あなたが好きなんです!そ、それで・・・」
バっと顔をあげたかと思えば、リンゴのように赤くなった顔がこちらを見る。
「それで?」
そう私が聞くと、眉をハの字にまげ、眼は微かに潤み、今にも泣きそうな表情になる。
しらばく、その顔と見つめ合っていると、彼は意を決したように眼を硬く閉じ口から息を吸う。
「僕と付き合っていたらけないれひょうか?!」
勢いよく言った割には、舌がうまく回っていない。
その事実に彼自身も気付いたようで、赤い顔がさらに赤くなった。
―――否、どちらかというと、青くもなっている気がする。そんな色が混ざって紫にもなっている気がする。複雑なこの顔色を表現できる術を私は知らない。
とりあえず、本当に変な顔になっているのだ。
焦っているのか、額には油汗が出ている。
「あ、えっとあの・・・」
自分の失敗をどうフォローすればいいのかわかっていないのか、ワタワタとする彼の姿は、小動物を連想させる。
そんな彼の姿が何だか面白おかしくて、不謹慎にも私は噴出してしまった。
「え!あ、えっと・・・あの・・・」
いきなり笑いだした私に、青くなっていた部分が真赤に染まる。
また、彼の顔は首までもが、赤く染まっていた。
この男は、コロコロと顔色が変わるようだ。その事実がまた滑稽で笑ってしまう。
そういえば、私は彼の名前を知らない。
「名前は?」
あふれ出る笑いをかろうじて止め、目尻に浮かぶ涙を指でぬぐう。
「え、えっと、山田、山田太郎と言います!一応クラスメイトです!」
山田太郎、なにやら見本にされそうな名前がまた可笑しくて失礼だとは思いながらもまた笑ってしまう。
「えぇええ・・・」
自分の名前が笑われたのがショックだったのか、肩を落とす太郎の頭をなでる。
「構わないぞ」
「ぇ?」
「付き合っても、構わない」
そう告げれば、落胆していた彼の表情が明るくなる。
「え、良いんですか?」
「ああ、太郎は面白いからな」
「あ、ありがとうございます!」
顔を真っ赤にしながら、お礼を言う太郎の表情はとても嬉しそうだ。
なんだか嬉しくなった私は、
「で、どこに付き合うんだ?」
と、今後の行き先を尋ねる。
「え?」
「付き合うのは構わない、しかし、どこに付き合えば良いのだ?寺か?手合わせか?」
意味がわからないと首をかしげる太郎に、私も首をかしげる。
なにやら、喜んでいた太郎の表情がだんだんと曇っていく。
本当にコロコロと表情が変わる男だ。
しかし、なぜ顔が曇るのだろうか。付き合えという誘いに乗ったのに、面白い男だ。
パクパクと、餌を乞う鯉のような口でこちらを見る太郎。
ああ、そうか。もしかしたら、
「誘ったは良いが、行き先は決まっていないのか!」
それならば、曇った理由もうなづける。
「ならば、私の散歩コースでも歩こう。そうして、付き合うところを考えておいてくれ。さ、行くぞ!」
太郎の手を掴み校門へ向かう。
しかし、なぜ誘いをするのに校舎裏の桜の木の下なのだろうか。
いろいろ面白い男だ。
「ち、違うんですよぉおおおおおおおおおおおおお」
これからどのような散歩コースを歩こうか、と悩んでいた私には、そう太郎が泣きながら叫んでいたことには全く気付かなかった。