「和良くん」
退屈な国語の授業が終わり、担任のお咎めを喰らう前に早急に帰ろうと席を立った時、目の前に三笠が立ち、こちらを見ていた。
「何?」
極力、学校で俺と関わらないようにしている三笠が話かけてくるのは珍しい。
教室では無口な俺と三笠が会話を始めようとしている事に対し、少数のクラスメイトがざわめいた。
「あの、ね。今日一緒に帰ってもらっても良い…かな?」
「俺、今すぐ出るけど」
そう言って、鞄を三笠に見せる。この後ある、帰りのHRは出ないと言う意味だ。
「うん。大丈夫」
そう言って、三笠も鞄を俺に見せた。
それを一瞥すると、三笠を横切り教室を出る。三笠も少し駆け足でついてきた。
学校の校門を出ても互いに会話を提供しようとはしなかった。
俺が先頭を歩き、その一歩半後ろを三笠が歩く。店が終わり、帰る時と同じ。ただ違うのはお互い制服を着て、周りがかなり明るい事だ。
昨日と同じ、海沿いの道。
太陽の光を水面か反射し、目にを攻撃する。
夕方の太陽は、赤く半分海の中に入り、真っ直ぐに光を放つ。
白い、太陽への道。
綺麗だとは思うが、行きたいとは思わない。
砂辺には、小学生くらいの子供がワイワイと遊んでいる。その脇には、保護者らしき女の姿。
複数居る子供のうちの親だろうか?
ピタリと、三笠が止まった。
視線の先には、あの保護者の姿。
砂辺に打ち上げられたのだろう大きな丸太の上に体操座りをし、ぼんやりと、彼女は彼らの姿を見つめている。
さらさらと気持ち良さそうな黒いボブヘアー。そして、少し小柄な後ろ姿は、幼さを感じる。
風が吹き、女の横顔が垣間見えた。
「………三笠?」
彼女に良く似た横顔。
一瞬、頭の中が止まったが、髪型と服装が似ていたから、そう見えたのだと、考え直した。
一気に心拍数が増加した心臓を落ち着かせながら、女に視線を落としていた三笠を見る。
真っ青な顔。
耐えるように鞄を持つ手に力が入っているのが解る。小柄な身体がカタカタと小さく奮え、息が少し荒い。瞬きもせずに、女の姿をじっと見ていた。
「ありがとう」
三笠のアパートの前で彼女は震えた声でそう言った。
あからさまにまだ動揺していのが解る。その原因は、砂辺に居たあの女であることは、確定だ。
「じゃ」
「うん。本当にありがとう」
軽く手を挙げて、歩き始めると、後ろから三笠がそう言った。
海辺での事から、今別れるまでの道中、三笠は無言だった。海辺に離れていくほど、少しずつ血の気は戻ってきていたが、明らかに怯えは残っている。
一体あの女がなんなのだろうか?
ただ似ている人物を見ただけで、あれだけ怯えるものだろうか。
ドッペルゲンガー等の類ならば、怯えるのも仕方がないと思うが―――。
別に三笠の死期が近かろうと遠かろうと俺には関係のない事だ。 何故一緒帰ろうと誘ってきたのかも気になるところだ。
煮え切らない。
人間、時々他人には不可解な行動をしても不思議ではないのに、考えが切れないのが苛々した。
何かが頭の中で引っ掛かる。
何がそんなに引っ掛かるのだろうか?
自分で解けない問題を自分に聞いても無駄。
結局、解答は導けなかった。
解っているだろうが、俺と三笠は付き合ってなどいないのだ。