コトハ×コトハ

2.偽りは秘密を隠す – 02 –


家に帰ればそこは空白。
学校よりも無な私になる。

制服を脱ぎ捨て、シャワーを浴び、身体を洗う。
軽く身体を拭き、寝間着に着替えると、布団に横になった。

小さなお風呂と台所。  そして真ん中に大きな――と、言っても四畳半だけれど――居間があるこの部屋は、典型的な安くてボロいアパート。
学校から徒歩で通える距離にある1番安い所で引っ掛かった場所だ。二階建てで、下に2部屋、上に2部屋の計4部屋。
私は2階の階段の反対に住んでいる。下には大家さんが住んでいて、少し気を使うけれど、隙間風もないし、ボロ――失礼だけど――にしてはかなり上出来。だから、個人的には気に入ってたりする。
どうせ毎日バイトが入ってるし、お風呂が入れて安眠出来るなら全然構わない。
ただ、少し壁が薄く、隣の部屋の音が聞こえるのがたまに傷。
TVの音ならまだしも、喘ぎ声なのだから、かなりキツイものがある。それも毎回違う女性の声なのだから、驚き。

バイト帰りに時々会うお隣りさんは、少し綺麗な顔立ちの金髪の男性。
大家さんから、私に手を出したら追い出すと言われているらしく、彼に誘われたり、襲われそうになった事はない。話してみると、意外にも気さくで良い方。
なんでも、少し裏道を入った歓楽街でホストをやっているらしいく、飲みたくなったら、奢るからおいで。と、名刺を渡されたが、まだ行ってはいない。
怖いと言うのもあるけど、特に飲みたいと思わないのが本音だったりする。
その名刺によると、お隣りさんの名前は、隼人-ハヤト-さんらしい。

――たぶん源氏名だと思うけど。

カチカチ。

規則的な音を鳴らす時計。
テレビ等のAV器具がないこの部屋では音を鳴らすのはこれくらい。
私を必要な時、携帯電話のバイブが鳴り、私を空白から起こす。メールでも電話でも変な着信音をつけるのは苦手。
耳障りだし、着信音なんてつけなくても、バイブで解るんだから、別につけなくても大丈夫。
流行りの曲なんて全然知らないし、第一お金をかけて好きな曲をDLするような無駄使いなんて出来ない。
バイト三昧の暮らしをしていたって、130万以上で税金を取られるし、保険料だって学費だって払わなくてはならないのだから、年間手元に残る金額なんてたかが知れている。
携帯電話はバイトする上で必要だから持っているけど、1番安いプラン。無料通話なんて20分ほどしかない。それでも月3000円はキツイものがあるのは事実。

昔に比べたら、苦しいけど、どちらかを選べと言われたら、今を選ぶ。

今を生きていくのは、大変。
でも、
今を生きていくのは、充実。

目が覚めれば、まだ辺りは暗い。
そんな中でも微かに雀の鳴き声。
やっぱり人間は、雀よりも早起きは出来ないらしい。

少し冷えて来た朝に、身震いをしながら起き上がる。
ふらふらと歩きながら寝間着を脱ぐと、シャワーを浴びた。
冷たい水は、頭をはっきりさせてくれる。一通り身体を洗うと、軽く身体を拭き、私服に着替えた。
時計を見ると3時半。
ちょうど良い時間だ。

玄関を開けると、風が冷たかったので、すぐそばに掛かっているマフラーを付けてバイト先に向かった。

身体を暖める為に、軽く走ってみる。
今から自転車で各家をまわるのだから、ペダルがこげなくては意味がない。
右を見れば、うっすらと明るく、左を見れば、まだ星が見える。
夜明けにはまだ早い時間。
けれど、風は朝の香りがする。―――少し、冷たいけど。

走りながら、夕飯を食べていないお腹が小さく鳴った。
誰も聞いてないのは解っているけれど、自然に顔が熱くなる。
自覚はないけど、身体は食事を求めてるようだ。

今日の朝はなんだろう?
昨日は、洋風だったから、今日は和食かもしれない。
少し足取りが軽くなる。
配達所で提供される、ミサエさんのご飯は最高に美味しい。
貧乏人には嬉しい、お代わり自由な上に残ったら、お持ち帰りOKなんだから、これほど家計にもお腹にも優しい事はないと思う。
私も毎日新聞配達の後に、ミサエさんが用意してくれてる、おにぎりやサンドウィッチをお昼ご飯に持っていっている口だったりする。
冷えたって味の変わらないミサエさん特製のお弁当は、私の少ない楽しみの一つ。

また、足取りが軽くなる。

調子の出て来た私は、少し鼻歌を交えながら、軽くスキップなんてしながら、配達所へと向かった。

本人は知らないと思うけど、和良く―――洋介くんの家に毎朝新聞を配達しているのは私だ。
住宅街から少し外れた道を真っ直ぐ進めば、そこにたどり着く。
家を守るように、周りを木が囲み、入口には煉瓦の柱が2本立っている。一応鉄で出来た立派な柵が柱の間にあるけれど、それが入口を封鎖している所は見たことがない。
シンメトリーな庭の中に立つお城のような白い家。やっとはっきりしてきた朝日がそこを照らし、キラキラしてる。
本当に綺麗。

柱の外からしか眺めた事しかないけど、たくさんのメイドさんや部屋があるのだと思う。
洋介くんが家に帰れば、

『お帰りなさいませ』

って、メイドさん達が一列に並んで出迎える。きっと洋介くんは、何も言わず普通に部屋に行くんだろう。
そんな彼の姿が容易に想像できて、少し可笑しかった。

配達から帰ると、自転車の鍵を返す場所にミサエさんの達筆な字で『コトハちゃんへ』と書かれた紙の付いた袋が置いてあった。
今日のミサエ’ズ朝ごはんは予想通り和食。
白いご飯に梅干しに秋刀魚の塩焼きにお味噌汁。
こんな、どこにでもあるような朝ごはんだけど、これがかなり美味しい。
多分お店開けるんじゃないかと思うくらい、美味しいのだ。
これは一生に一度食べるべし!
なんて、心の中で力説しても、誰も聞いてないんだけど…。
和食系の朝ごはんの時のお弁当は、おつけものにシークレットおにぎり、そしてペットボトルに入った緑茶。
シークレットおにぎりって言うのは、具が何入っているか解らないからシークレット。オカカだったり、梅干しだったり昆布だったり……時々肉じゃがとか、焼肉とか不思議な物が入ってたりする。でも何故か全て美味しいんだから驚き。
流石ミサエさんだと思う。
本当にありがたい。

私は、自転車の鍵を返し、私の名前を書かれた紙を外すと、ポケットに入ってるペンを取り出し、紙の裏に『受け取りました。毎日ありがとうございます。』と、書いた。


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