世界の終焉十題・遺

あの人は国と命を共にした


真赤な炎に包まれて、すべてが黒に変わる。
毎日寝ていた寝床も、どれを着ようか迷うほどあったドレスも、すべてが赤く包まれ黒くなっていた。

あの日からどれくらいの年月が経ったのだろうか。
今日、私はすべてが失われたこの地に久々に立っていた。
ザラザラしていたはずの地面は、草花が生え、綺麗な草原となっている。あの瓦礫は誰が掃除したのだろうか、綺麗に取り除かれており、ただただ広い草原が広がっていた。

何かの記念碑があるわけでもない。
この草原だけをみれば、ここにあったものを想像できるものは自分を除き誰ひとりとしていないだろう。それほど綺麗に、本当に綺麗に、跡形もなく失われていた。
けれど、私にはわかるのだ。
「ここが大広間」
眼を閉じると、今でも鮮明に思い出せる。
キラキラと輝く照明の中心で、国一番の音楽隊の奏でる音で踊る人々。
当時は、そんな舞踏会が嫌で嫌で仕方がなくいつも逃げ回っていたが、今となっては懐かしい。もし、機会があれば踊ってもいいかもしれないと思う。
「そんな機会など、もうあるわけないのに」
都合のよすぎる自分の考えが滑稽で、クスクスと笑いながら、身体に覚えこまされたステップを踏む。相手の居ないダンスは味気ないものではあるが、何十年も踊ると言う行動はしていないのに、ごく自然に動く身体に、内心驚きながらも踊り続けた。

眼を閉じながらしていたからだろうか、色んな出来事が噴水のように湧き出てくる。
常に共にあり、世話をしてくれた女中たち。
私のわがままもできる限り叶えくれていた。
寡黙で何を考えているかわからなかったお父様にいつも優しいお母様。
無邪気に甘えてくる弟。
あの時は不満がたくさんあった。
何も言わないお父様に反発をした。
常に笑顔を絶やさないお母様になんと、能天気な人間なんだと罵った。
一緒に遊ぼうと部屋に入って来る弟が面倒くさくて部屋に鍵をつけた。
けれど、今思うとなんと素敵な家族だったのだろう。
私のわがままな要求に答えてくれてた料理長。
街へと逃げ出す私を追いかけるも、最後には見て見ぬふりをしてくれた門番。
いつも行くたびに美味しいパンを分けてくれてた女将さん。
木登りや魚釣りを教えてくれた猟師のおじさん。
私の愚痴をいつも聞いてくれた一番の友達のシスターに牧師様。
みんな、みんな大好きな人たち。

そして、どこにいても、どんなに隠れても、最後には必ず私を見つけてくれた―――

足が止まる。
心地よい風が通り過ぎた。
そのまま全身の力を抜いて、そのまま横になる。
手で地面を撫でれば、柔らかかく掌を草花が撫でてくれた。
踊っているうちにずいぶんと移動していたようだ。
確かここのあたりには大きな木が植わっていた場所。
よく人目を掻い潜って木の上に登り、隠れながらサボっていた。
見つかっては、はしたない事をするなと、叱られて。
それで彼の優しく撫でてくれる大きな手が大好きだった。
年齢を重ねていくごとに、膨れるこの思いの意味を知ったのは、いつだっただろう。
背が幼い頃より高くなり、よく見えるようになった、優しい顔。
時折見せる、すこし頬を赤く染めた、柔らかい笑顔。
私が、大人になるにつれて、時々見せる寂しそうな顔。
私に見せてくれたいろんな彼。
好きだ、と、何度伝えても、
『ご冗談を』
と、いつもの笑顔で、私の大好きなその大きな手で頭を撫でてくる。
嬉しかったけど、悲しかった。
満たされたけど、痛かった。
堪えていたものが、目尻から流れ出す。
何度か涙を流せば、きっと涙も飽きて出なくなるだろうと思っていたが、そうでもないようだ。

最後に思い出すのは、地下通路への入り口の前。
お父様もお母様も火の中に埋もれ、弟の泣き叫ぶ声が目の前で途切れるのを見た私の頭は真っ白だった。
そんな私の手を引き、彼がここまで連れて来てくれたのだ。
けれど、遠くの方で同じくあわただしく複数の足音が階段を下りてくる音が聞こえる。「急げ、逃がすな!」と、響く声は私たちの軍のものではないことは歴然だった。
彼がその事に気付くと、私の手を握っていた手を強く握りしめ、そのまま引き寄せる。私の体は、彼の中にすっぽりと収まった。
『私も、愛しております』
そう言われ口づけをされ、刹那、突き飛ばされた。
何が起こったのか理解できないまま目の前の岩が動き出す。
『また、お会いしましょう。必ず、会いに行きます。だから、あなたは生きるのです』
彼の言葉を伝え岩は閉じた。
彼が会いに来ることは無いことはわかっていた。
けれど、私は信じて真暗で何も見えない通路を進んだ。
何十日もかけて通路を抜けると、世界は綺麗な青空を見せてくれた。
その時、私は最初の涙を大きな声と一緒に流した。

私はここにいるの。
でも、誰も会いに来てくれなかった。

たくさんたくさん待った。
だから、私が会いに行くしかないと思った。

ポケットから、小瓶を取り出す。
ちゃんと、整理も準備もしてきたの。

みんなは、彼は、待っていてくれるかしら。


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