夜の海は気持ちが良い。
真っ黒でゆらゆらと動く物が月に照らされて、そこだけに一筋の光の道が出来る。その道を前に座って見れば、今にも月まで歩いて行けそうな錯覚。波が傍まで来て、光の道が目の前に来た時、冷たい潮風が頬を撫で、それは無理なのだと、現実に戻れと、囁いてくる。
囁きに乗せられ、現実に帰還すると、波の音が速く此処から立ち去れと、騒ぐ。
この感覚が好きだ。
「よ、洋介・・・くん?」
隣で、遠慮がちな声が聞こえた。
風に靡く切り揃えられたボブヘアーを右手で軽く抑えながら、こちらを覗き込んでくる女の顔。
名前を呼ばれたが、返事は返さず、一瞥してすぐに海に眼を戻した。
俺の反応に何か言いたげに、息を吸う気配がしたが、結局何も言わず、彼女は息を吐きだす。
そわそわと小さく動くあたり、帰宅したいのだろう。体内時計の結果では、店から出て40分は経っているらしい。時間で示すと22時50分頃―――もう、23時近くだ。
別に俺など置いて帰れば良いのに、彼女はそれをしない。
時々俺の様子を横目で垣間見るが、大人しく隣で海を見ている。
何故だか解らないが、これは俺達の日課になっていた。
三笠 言羽-ミカサ コトハ-。
地元の高校のクラスメイト。
気弱でまるで兎のような雰囲気持つ。俺の好みではないが、見た目も可愛い分類に入るので同学年には小さな人気があるらしい。
1年も同じクラスだったようだが、殆ど交流などは無かったので俺の記憶の中には三笠の姿は居ない。しかし、今の俺には、刻み込まれている。
主従関係。
今の俺達を表す言葉はこれが1番しっくりくるだろう。
と、言っても、今ちまたで流行っている、『御主人様』などではなく、俺の管理する店で三笠が働いていると言う形だ。
三笠と俺の通っている高校では、アルバイトは原則禁止。そして唯一の回避アルバイトが新聞配達のみと言う強者だ。
それ以外、一切の例外はなし。
どんなに経済的に苦しくても、だ。
だから、三笠がアルバイトと言う形で店で働いているのは学校には秘密にしなくてはならない。
必然的に、支配人でもある俺に三笠が機嫌を取るようになり、
身体の関係が始まった。
学校にばらされない為、割と給料の良いバイトを辞めさせられないように、三笠は自分から服を脱いだのが始まり。
最初は興味が無かった俺も、結局は彼女の肌に触れた。
大人しそうな雰囲気を持つ彼女とは違い、淫らに身体が動く。身体全てが快楽へのスイッチかのように、撫でれば、揉めば、舐めれば、噛めば、それだけ感じた。
未だ何も書かれていない楽譜に、インクを零し鳴らしていく感覚。
久しぶりに、楽しいと感じた。
それから、三笠がシフトに入っている毎週土曜にするのが日課となった。
人の出入りが1番忙しい19時前後。場所は定員専用のロッカー室。
もう恒例行事の様になっている。俺がそこへ行き鍵を閉め、三笠が軽く服を乱す。彼女の身体を軽く愛撫し、ある程度濡れてきたら、挿入。三笠の休憩時間が終わる20時までには、けりをつけなくてはならないので、そう前戲に時間は取らない。個人的にはゆっくりと反応を楽しみながらヤるのが趣味なのだが、状況が状況。
仕方がない。
しかし、短くても三笠の反応は楽しめる。三笠の出す、喘ぎは上質なオーケストラの演奏のように、俺の中を満たし、喜ばせる。
三笠は最高の楽器。
上手く鳴らせば、最高の曲を奏でる。
最初、三笠を調律した人間は、最高の音感の持ち主なのだろう。
処女ではなかった事に驚きはしなかった。高校2年ともなれば、普通に誰かと経験していても不思議ではない。事実、俺は中1の時に3年を相手に童貞を脱している。
世間的には早いらしいが、故意的に望んで脱した訳ではないので、仕方がない。
男女が交わるのは互いの愛を確かめ、そして新しい命を作り出す神聖な儀式。
なにかの本にそう書いてあった気がする。しかし、そういうのは、時がくれば自動的に起こる、言わばイベントだと俺は思っている。それが望む時にくる者も居れば、望まない時にくる者も居る。
時には来ない者もいる。
だから、流れに身を任せ、行くしかない。
逆らっても、歩く道は同じなのだから。